お侍様 小劇場

   鏡の国からこんにちは? (お侍 番外編 139)


JRの線路を挟む格好、
由緒正しいお屋敷町の対岸にあたる位置に広がる、
どちらかといや新興住宅地の奥向きに、
小ぶりな洋館風のお宅があって。
生活道路の突き当たり、
少し年季の入った門柱を構えたすっきりした玄関側からは
やや判りにくいが、裏手には案外と奥深く広がる庭があり。
家人の一人がそれは丁寧に手を入れているがため、
四季折々にそれは優しい癒しの風景を目にすることが出来。
今時分だと、楓やハナミズキなどが色づく紅葉たちが
茜色を滲ませた乾いた秋の陽の下、
どこか寂しげにたたずむ様子が味わい深く見渡せて。
それでいて間近のポーチには、
色とりどりのプリムラの鉢が居並んでおり、
寂しくなりかかった心持ちをほこりと温めてくれたりし。

 「今年も見事に咲きそろいそうだの。」

早くも何鉢かは可憐な蕾を見せているのを、窓ガラス越しの足もとに見やり、
家長であるお髭の壮年様が、日頃は鋭い目許を細めて口にしたのへと、

 「ええ、つつがなく育っておりますよ。」

まるで我が子を褒められたかのように、
どこか誇らしそうに微笑って応じた七郎次で。
そのまま 今日はやや遅出の勘兵衛の身支度を手伝いながら
ちょっとした話題を口にする。
表向きの仕事でも 真の生業の方でも、気を抜けぬ立場におわす彼ではあるが、
それらによる緊張感が程よい代物となるよう、
家族に囲まれていて感じる和やかな空気というものも
出来るだけ感じてほしくてのことで。

 「そうそう、久蔵殿の学校の学園祭も無事に終わったそうですよ。」
 「ほお。」

高校生の文化祭が11月にあるのは遅い方ですが、
あすこは公立にしては文武両道が行き届いていて、
インターハイや国体やにも生徒が多数出場する関係もあってのことか、
学校行事の準備期間もゆったり取られているようで、と。
寡黙な次男坊がそれでもこちらの彼には心をほだされ、
問われるままにあれこれ話しているらしい様子を想像しつつ、
微笑ましい話題へそうかそうかと目を細める勘兵衛であり。
七郎次の心遣いは、しっかり功を奏しているといえたが…。


     ◇◇

某公立高校に通う 島田さんチの久蔵くんは、
金髪に玻璃玉のような双眸、
剣道で鍛錬を積んだにしては すんなり伸びやかな姿態に白磁の肌という、
至って日本人離れした華麗で端正な風貌をし。
何より、鋭角に整ったお顔にあまり表情を浮かべないことと
極端に寡黙であることから。
気を遣う人たちや気が弱い傾向の人たちからは
冷然とした態度を 怒っているのではないかと誤解され、
何もしないうちから恐れられることもしばしばだが。
本人には そういった意味の分からぬ素行を呈すつもりなぞ一切なく。
基本的に礼法を心得た、行儀の良い生徒であることを心がける普通の青年。
揮発性の高いやんちゃ筋とは一線を画す存在だと、
付き合いが長いとか密だとかいう格好で判る人には通じており。
そうともなれば、

 『セリフはないってんだから、引き受けてやれや。』

同じクラスの仲良しさん、
弓道部員の矢口くんが そんな風に橋渡しをしてやって、
文化祭でのクラスでの出し物、
英語の授業で扱った中世騎士ものの寸劇に出てくる
それは凛々しい騎士様の役を割り振られることとなったのも。
進んでではない分のちょっとした“面倒だなぁ”的な感覚こそあれ、
言い出しっぺの方々を睨みつけて呪うほどの級の苦でもないらしく。

 「……。」

そんなお役目を授かったその当日。
着替えるのに手間取ったその上、
あちこちで“一緒に写真を取らせてくださいっ”と申し出た
いわゆる 剛の者らに応じてやったお陰様。
独り遅刻しかかりという憂き目に遭いつつ、
そうと声を掛けられてもしょうがない、
そりゃあきらびやかな西洋の騎士風のいでたちで、
演目披露の場である講堂までを急いでおれば。
最後の直線にしてショートカットにあたる近道、
卒業生たちの碑が集められた中庭の一角にて。

 「…っ。」

構内のいたるところがさわさわと落ち着かぬのはしょうがないけれど、
奥まった場所なうえ、何の出し物も並ばない、
そんな死角に誰ぞがいようとは思わなかったほどに何もないはずの空間だのに。
着崩した制服もだらしない、
上級生らしい何人かがしゃがみ込んでたむろしており。
しかもしかも、

 「…っ!」
 「うおぅ!」

一体どこの誰と勘違いされたやら、(笑)
明らかにただならない恐れを含んだ怯みの挙動、
ぎょっとしたように肩を跳ね上げ、
居合わせた全員でこちらへと振り向いてきた不審な一団でもあって。

 「な…何で此処にっ」
 「さては情報収集してやがったなっ、きさま!」

きな臭い言いようを連ね、険悪そうな顔になって
何なら今ここで決着をつけようじゃないかと
…それにしては逃げ腰なのがありありしている
そこはかとない情けなさを見せかかった連中だったが。
こちらには当然のことながら心当たりなぞなく、
何だなんだと、内心でキョトンとしていたところ、

 「いや待て待て、あれは二年の……。」

早合点するなと諫める手合いが出ての、
ぼしぼしぼしと何やら小声で状況の刷り合わせを始める辺り。
段取りも大事にするなんて、
さすがは進学校にいるやんちゃ筋というところかと。
そして、そんな流れを見聞きして、

 “…なるほど。”

ヒントが少ない中、合点がいくところは、
こちらもただの一般人ではない島田さんチの次男坊。
これでも島田一族の次代の主軸、
今から手足となって情報を集めてもくれている“草”の皆様から、
身近なあれこれを聞く中には、
いつだったかご縁があった 某巨大コンツェルンの令嬢の話も時たま聞かれ。

 “確か、ヒサコとか…。”

微妙に自分に似た風貌のお嬢様、
世間様にはこそりとながら、
そりゃあお転婆にあちこちで大暴れもしているらしいという話なので。
大方 そっちで痛い目を見たやんちゃ筋が、
こぉんな身近にも居合わせたというところかと。
そういった輩たちが、
寸劇のためのやや派手ないでたちもあってのこと
久蔵をそちらの令嬢と勘違いしたらしく。
しかも、

 「んだよ・ごら。じろじろ見てんじゃねぇよ。」

勝手に勘違いして竦んだことが腹立たしくての八つ当たりか、
こんな普通の高校に通う存在が
向こうの素っ頓狂なお嬢様と同じスペックなわけないかと思い直したと同時、
酷い目に遭わされた
かたき討ちだか腹いせだかをしてやんべとでも思ったか。

 “……。”

どっちにしたって筋違いもいいところだなぁと、
そういう常識は一応持ち合わせる木曽の次代様。
それでもまま、こちらは急いでいる身だというのを思い出し、

 「…御免。」

低い呟き、だが意外とよく通った一言を言い置くと、
そのまま軽く身を前へと傾けて、
自分が進まんとしていたコースの上を完全に塞いでいた顔ぶれ目掛け、
何の躊躇もなく突っ込んでゆく。
向こうもまた、何だやるかとそれなりにそれぞれが身構えたものの、

 「え?」
 「な…。」
 「あれ?」

刻にして瞬き1つ分。
目立ってしょうがないだろう美形の、しかも派手な騎士姿の存在が、
確かにそこにいた位置から煙のように消えている。
さわさわと揺れる名も知らぬ木立の梢と、こっちは知ってるもみじの赤い葉とが
擦り切れた芝草の上で躍っているほかには何にもいなくなっており。
少し先の渡り廊下を通りかかったトレーニングウェア姿の教師と視線が合ってしまったが故、

 「お前らそこで何してんだ。」

学校に出て来たのなら、クラスの出し物へ参加せんかと叱りにか、ずかずか歩み寄って来るのへ、
だがだが、いつもならもっと反射よく逃げ出せるところが、

 「…何なんだ。」
 「いや、居たよなあいつ。」
 「でもよぉ…。」

種を明かせば、ただ誰にも触れないようにして素早く通り過ぎただけなのだけれど。
テレビで扱われそうな超常現象みたいな到底信じがたいもの、
こんな至近で目撃しちゃったものだから。
自分らの反応に沿わなかった現実が、こうなってこうという常識と噛み合わず、
お懐かしい言いようで、キツネにつままれたようなという心持ち。
俺、今起きてるよなとか、
今のってまさか生霊とかいうんじゃないよなぁとか、
傍から聞く分には何を馬鹿なことを並べているのだと呆れるような、
そこまで取り止めのない狼狽えようで、
一気に浮足立ってた不良のお兄さんたちだったそうで。


 その後、二年の島田には近づかない方がいい、
 突っ張りの先輩が何人か、睨まれただけで熱出したそうだという噂が
 そっちの筋でまことしやかに広まり。
 本人は相変わらずでいるだけだというに、
 微妙に一目置かれるようになったらしいと、
 勘兵衛様の耳へまで届くのは、やや後日のお話だったそうな。




   〜Fine〜  15.11.05.


 *草の皆様も節穴ではありませんで、
  どっかのご令嬢たちのお転婆ぶりも
  しっかと把握してらっしゃる模様です。(笑)

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